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京都の寺院

天龍寺は異世界へのゲートウェイ。竹林が織り成す大自然のパワーを感じてきました

京都には、世界的に有名なお寺がたくさんあります。京都にあるお寺は、日本の仏教を象徴するような建造物だけでなく、当時の流れをそのまま現代にも伝えており、それが多くの人にとって魅力的に感じるわけです。
京都の中でも、観光地として有名な場所に天龍寺があります。日本人観光客だけでなく、外国人観光客でも天龍寺に訪れたいと考えている人は少なくありません。では、このお寺やすぐそばにある竹林の小径にはいったいどのような魅力があるのでしょうか。

天龍寺とはどのようなお寺なのか

このお寺の歴史を振り返ると、平安時代の初期ごろまで遡ることになります。当時に建物は、亀山殿と呼ばれており今のようなお寺の形があったわけではありません。もともとは、亀山天皇の離宮だった場所に当たります。やがてこれが室町時代になると天龍寺と呼ばれるお寺に変わっていきました。その後、現代まで姿を残すことになりますが実は何度か火災によって消失しており、当時の姿をそのまま見ることができるわけではありません。火災は室町時代に4回も起こっており、伽藍の消失や法堂の消失など歴史的に重要な部分が失われていきました。
長い歴史の中で地震にも襲われましたが、豊臣秀吉や徳川家康が寄贈しお寺の形を維持することができているといえます。現在のような形になったのは、明治時代後期のものと言われており建物自体の歴史はそこまで古くはありません。
建物の中に置いてあった重要な資料なども度々の火災によって消失していますが、明治時代以降のものはほぼ元のかたちをとどめている状態です。

竹林の小径の魅力に迫る

天龍寺を観光するにあたり知っておきたいスポットの1つは、竹林の小径と呼ばれる道になります。別名竹林の道とも言われておりどちらの呼び方も正しいです。場所は、天龍寺から野宮神社に至る道の途中にあります。住宅街を少し奥に入ったところあるため、わかりにくいですが近くまで行くと突然住宅街がなくなりうっそうとしげる竹林が目の前に姿を現すでしょう。
竹林の小径は、およそ600メートルほど続いており、入り口から出口まではわずか9分ほどですが、観光目的で行く場合にはじっくりと時間をかけて歩きたいと考える人が多いようです。終点は、大河内山荘庭園になります。ちょうどトロッコ嵐山駅の目の前に出ることになるでしょう。
道幅はやや広く、自動車が通れる位はあるものの自動車の走行は禁止されています。あくまで歩行者天国のような形で一般の人に解放されているのが特徴です。
通常の竹林と異なり、20メートル以上の竹はずらりときれいに並んでいます。太陽の光を遮ることになるため、夏場でも涼しいのが特徴です。

現在わかっている事とは

竹林の小径に関しては、現在でもたくさんの謎があるとされています。その1つは、一体誰がこの小道を造ったのか明確でないことです。お寺のものであれば、そのお寺の資料を見ればわかるわけですが、天龍寺は何度か火災で消失しており古くからの資料がほとんど見当たりません。明治時代後期からの資料はあるものの、すでにその段階で竹林の小径は完成されていました。少なくとも、明治時代よりも前の段階からあることがわかっているだけで、それ以外の資料は無いわけです。
誰がいつ造ったかわかりにくいのは、竹林の小径自体が自然のものでできているからです。建造物ならば、ある程度建物自体に資料が残っていることもあり、当時の柱の落書きなどからも判明することがあります。しかし、竹林の小径に関しては竹に何か刻まれているわけでもなく、竹は何も語ってくれません。
天龍寺側から歩いた場合、竹林の小径の終点となっている野宮神社が平安時代には建立されていることから、もしかしたら平安時代にはすでにこの道はあったのではないかと推測されています。

竹の種類も知っておこう

竹の種類も知っておこう

天龍寺から竹林の小径を歩く場合には、あることに気がつくはずです。それは、とても背の高い長が道全体を被っていることです。実は、この種類は日本でよく見られる孟宗竹と呼ばれる種類になります。この種類は、最大で25メートルにも達するとされており、その竹林の小径周辺に生えている竹もそれぐらいの高さがあるとされています。竹林の歴史も非常に古く、それぐらいの長さになっても決して不思議ではありません。
ちなみに、道を歩いていくと両サイドの竹林が非常にきれいに整っているのは、定期的に整備しているからです。もし自然のままの状態ならば、綺麗な状態を維持することは難しいでしょう。この点に関しては、観光地としての意識をしてお金をかけていることがわかります。
現在の竹の種類は、日本で一般的に見られる孟宗竹ですが、一説によれば昔は別の種類の長だったのではないかと言われています。なぜなら、孟宗竹が中国から入ってきたのは平安時代よりも後だからです。仮にこの竹林の小径が平安時代に完成していたとすれば、当時は真竹に覆われていたかもしれません。

まとめ

天龍寺は、平安時代からあるお寺の1つですが、何度も火災によって消失しています。そのため、お寺そのものの歴史や周辺の観光地の歴史などを知る事は難しいです。天龍寺の近くには、竹林の小径と呼ばれる遊歩道があります。この道は、全長600メートルで人間が歩くと9分ほどの時間がかかります。
竹林の小径はいつごろからあるかは分かりませんが、平安時代からあるのではないかと言われています。きれいに整備された道で、高さが20メートル以上ある孟宗竹に覆われており幻想的な空間を味わえるのが特徴です。